整備をしたらマグレが上がるって必死?迷信?そもそも整備がジレンマです

好運をよくするには水見回りを綺麗にすることが大事と思い切り言われますが、これって一心不乱なんですかね?
自身は一心に女房から「水見回りを綺麗にしなさい。綺麗にしとくと好運が良くなるよ」と今でも一心に言われ続けていますし、読物やテレビなどの娯楽もぐっすりこういう科白を耳にします。それを知ってから自身は、それほどここぞ!という時は便所やお風呂、シンクなどを掃除しているのですが、昨今なんとなく思ったのですがこれは真実なのでしょうか?「迷信とかではないのかな?」と疑ってしまう自分がいます。ただメンテナンスをさぼりたいという意識がありますが、メンテナンスを通じても「好運がついてきた!流れが変わってきた!」とは思えないのです。メンテナンスを通じても賢くいかなかったときは、「なぜ掃除してキレイにしたのに賢くいかなかったのだろう?」とまた違う悪い精神に意識が統治されてしまうし、どうもジレンマした感じになってしまう。絶えずきれいにしておけば良いのでしょうが、それほどメンテナンスをさぼってしまう自身。気が付くと変色が目立っていることもしばしばあります。これはいけないなぁ~と思ったときは根深い腰をあげメンテナンスをしますが、メンテナンスを通じても至急汚れて仕舞う。なかなかお断りなぁと毎度思います。そろそろまた暮れがきますし、大メンテナンスなどしなくてはいけないなぁは思いますが、そんな性質だと大メンテナンスせずに時代を越しそうな気がするので、ここは感情を入れて、今年は在宅の隅々までメンテナンスをしたいと思います。けれどもメンテナンスを通じても取り敢えず好運は上がらないだろうと卑屈な精神を有する自身です。今年も毛がにのお取り寄せをお願いしました。

整備をしたらマグレが上がるって必死?迷信?そもそも整備がジレンマです